お知らせ

秋期彼岸会(令和8年)が勤まりました!

今年も無事に秋の彼岸会法要が勤まりました!
シルバーウィークの最終日ということで「あまりご参拝いただけないのではないか」と心配していましたが、70数名のお参りをいただきました。
今回初めて法要に参加したという方も多くいらっしゃり、とても嬉しい気持ちになりました。

外陣
今年の三月から如来寺で勤めてくれている神戸出身の菊川さんですが、今回は集会鍾(しゅうえしょう、法要に先立って鳴らす梵鐘)・伽陀頭(かだとう、導師の入堂と退堂の時のお経を先導する者)をお任せしましたが、等間隔のキチっとした鐘撞き、張りのある大きな美しい声でのお経と、とても良く頑張ってくれていました。
また法要のライブ中継をしてくれたのも菊川さんで、先輩の高田さん・本山さんと共に如来寺に欠かせないお坊さんです。
集会鍾-菊川
入堂
そしてお勤め後のお話は昨年に引き続き、東淀川区の光寶寺住職、淡路幼稚園・保育園園長の行友伸二先生においでいただきました。

今年も色々な学びをいただきましたが、生命が必ず持つ「老い」の苦しみと認知症の話が特に印象に残りました。
認知症の方も若い頃の記憶は比較的しっかりと残っておられる、とお話の中でいただきましたが、浄土真宗本願寺派の蓮如上人も「仏法は若いうちに心掛けて聞くべきである」とおっしゃっています。
蓮如上人は「年を取ると歩行もおぼつかなくなり、話を聞いても眠たくなる。だから若いうちに仏法をしっかり聞いて欲しい」と述べられています。
若いうちからお寺にお参りいただければそれは習慣となり、その時に聞いたみ教えは頭にしっかりと残るのではないでしょうか。
「年を取って時間に余裕が出来ればお寺に行こう」というのももちろん有難いですが、年に一度だけでも如来寺の法要においでいただき、若いころから仏法に触れていただければきっとより良い人生を送るための大きな力に変わると思うのです。

紀元前に説かれた仏教が今もなお残っているのには幾つもの理由があるはずです。
その一つには、人間が生命であるかぎり逃れられない「老」「病」「死」の苦しみから逃れられる術を仏教が説いているから、ということが有ると思うのです

若くて元気なうちは興味がないかもしれません。
ですが年を取って思うように生きられなくなった時、病に苦しむ時、身内が死に自身も死を迎えるということを認識した時、「昔お寺で聞いた仏教」がその苦しみから自身を救ってくれるのではないでしょうか。
お説法