浄土真宗本願寺派 仏光山如来寺

浄土真宗本願寺派 仏光山如来寺

如来寺について

ごあいさつ

前住職平興隆

第30世 前住職

平 興隆

ぶっこう幼稚園 理事長
こうせい保育園 理事長

何も用事がなくても「こんにちは!」と立ちよれる、そんな開かれたお寺作りを目指してきました。
これからはより自由な立場で、ご縁を授かった方々と楽しく前向きな交流を築いていきたいと思っています。

前坊守平英子

前坊守

平 英子

ぶっこう幼稚園 園長

「こんなことを聞いても良いのかな?」とは思われず、心配事や疑問などいだかれましたら、いつでも何でもお尋ねください。
皆さまとともに、私どもも末永く励みたいと思います。

住職岡田肇誓

第31世 住職

岡田 肇誓

ぶっこう幼稚園 事務長

こんにちは! 住職です!
ご縁あって僧侶とならせていただきましたが、私の出身はお寺ではなく、皆さまと同じ在家です。
威厳はありませんが、「それなら何でも話しやすいなあ」と、前向きにとらえていただければ幸いです。

坊守岡田顕子

坊守

岡田 顕子

ぶっこう幼稚園 副園長

このお寺に生まれ育ちましたが、まだまだ仏教については勉強中です。
お寺ではもちろん、幼稚園や保育園でも、であった方々と子供たちに寄りそって、ともに悩み励ましあえるような関係づくりを目指しています。

本寺境内

本堂

本堂 恒例法要

如来寺の法要は、すべてこの本堂にてとりおこわれます。
浄土真宗の伝統様式そのままに、昭和53年(1978年)落成した鉄筋二階建ての大伽藍(がらん)です。
僧侶が勤行をおつとめする内陣(ないじん)は、法要にて大勢の僧侶や楽人をお招きできる造りとなっています。
在家の皆さまにご参拝をいただく外陣(げじん)はさらに広く、椅子席で90人ほど、椅子を取り払えば200人以上の方々にご参列をいただけます。

個人・法人さまの法事・慶事なども執り行わせていただけますので、詳細につきましてはお問い合わせください。

法要など執り行っていない平時の昼間は、ご自由に堂内の外陣にてご参拝をいただけます。

法要・法事の際には椅子席を設置しますので、腰掛けてご参拝ください。

車椅子ご利用の方は、本堂前の車寄せからエレベーターにて、そのまま参入していただけます。

車椅子用トイレと、隣接する幼稚園にはオストメイト対応トイレも設置しています。

 

▼補足:本堂内の尊像・尊影の配置
本尊─阿弥陀如来

本尊─阿弥陀如来 教え:本尊と宗祖

浄土真宗の本尊である阿弥陀如来像は、必ず前のめりになって立っておられる「立像」です。これは煩悩をかかえて苦しむ人間たちを、すぐにでも救いたいという慈悲の心をあらわしています。
また、親指と人さし指で輪をつくり、右手は上、左手は下に開かれているお姿も、念仏を称える人々を必ずすくい取って捨てないという摂取不捨(せっしゅふしゃ)のご決意をあらわしています。
釈迦十大弟子

釈迦十大弟子

本堂にある十体の銅像はお釈迦さまの高弟十人です。
左奥から、舎利弗(しゃりほつ)智慧第一、目犍連(もくけんれん)神通第一、優波離(うぱり)持律第一、富楼那(ふるな)説法第一、阿那律(あなりつ)天眼第一、摩訶迦旃延(まかかせんえん)論議第一、須菩提(しゅぼだい)解空第一、羅睺羅(らごら)密行第一、阿難陀(あなんだ)多聞第一、摩訶迦葉(まかかしょう)頭陀第一、となります。
彫刻家で文化勲章を受賞された 中村晋也(なかむらしんや)氏の作で、奈良の薬師寺にあるものと同じ様式です。
親鸞像

親鸞像 教え:本尊と宗祖

山門の前には宗祖の親鸞聖人立像。昭和46年(1971年)如来寺仏教婦人会の皆さまにより建立されました。親鸞聖人の誕生日(降誕会)や命日(報恩講)には、ぶっこう幼稚園の園児さんたちが笠や蓑を着せ華やかな装いとなられます。
山門正面
山門扁額
山門内部

山門

山門は寺院境内への正門であり、当寺の山門には孤高の書家、秀島踏波(ひでしまとうは)先生による『佛光山』の扁額を掲げています。
二階部分は椅子式の多目的室となっており、役員会会議やピアノ教室に使われています。
檀家さまがお寺でご法事をされた後は、お食事もして頂けます。人数は20名前後ですが、もう少し多くなられても対応させていただきます。
中庭

中庭と鐘楼

山門をくぐり抜けると、本堂前に中庭の風景が広がります。桜をはじめ多くの木々に賑わって、おくつろぎいただけます。
奥に見えているのは鐘楼(しょうろう)で、山門前の親鸞像とあわせ如来寺仏教婦人会のご協力によって施工されました。12月の除夜会では、多くの方が鐘をつきにお集まりくださいます。
墓園

墓園

納骨堂

第三納骨堂

墓園 納骨堂 葬儀 法事 慶事 墓園 納骨堂

本堂横の境内に墓園を設営しており、各檀家さま所有(永代使用権)の「境内墓地」と、お寺が檀家の皆さまとともにお守りする「永代納骨墓」の2種あります。
また本堂内には、第一、第二、第三と3種の「納骨堂」があり、こちらも墓園と同じく、永代にわたってお守りさせていただきます。
寺宝宗祖像

寺宝祖師夢想

寺宝法然

寺宝空海

寺宝十三仏

寺宝

如来寺の長い歴史の中で、歴代の住職たちがのこしてきた寺宝がたくさんございます。それらの一部、掛け軸で主だったものをご紹介いたします。

 

『宗祖像』[絹本著色]江戸時代(1650年~1700年頃 )

『祖師夢想の名号(名体不二の名号)』[紙本著色]江戸時代(1650年頃 )

『法然上人 月の輪の御影』[紙本著色]江戸時代(1650年~1700年頃 )

『弘法大師 一体分身の御影』[絹本著色]南北朝時代(1350年頃 )

『十三佛』[絹本著色]室町時代(1400年~1450年頃 )

境内図

境内図

川西別院

川西別院内観
川西別院外観
昭和後期に開発されたニュータウンの川西市清和台に、平成9年(1997年)開基しました。
それからニュータウンという土地柄によって、新たな檀家さまとのご縁を多く頂戴してきました。
平成25年(2013年)には「環境にやさしく、快適な聞法の場所に」を目的として、檀家さま方ご協力のもと「屋根に太陽光発電」「本堂の床はガス式の床暖房」という新たな別院が建ちあがりました。
現在では主に川西・能勢・豊能方面の檀家さまが、この別院にてご法事を勤めておられます。
※月命日やお盆など、ご法事はお勤めさせて頂きますが、お葬儀はできませんのでご了承ください。

山号と寺号

山門

仏 光(ぶっこう)

仏光とは、仏の心身にそなわる光明のことで、迷いの闇を破り、真理をあらわす仏の智慧を象徴します。
つまり如来寺の山号「仏光山」とは、その光明の徳をひとまとめに凝縮した名前ということになります。
なお山号とは、かつて中国では寺院が山の中に建立されるものだったため、その所在を示すために用いられたものです。

 

▼補足:阿弥陀仏にそなわる光明の徳

如 来(にょらい)

如来とは、仏(ぶつ・ほとけ・ブッダ)のことで、すべてを超えた究極の真理=真如(しんにょ)より来たったもの、という意味になります。
つまり寺号「如来寺」とは、まさに如来=仏のお寺、という名前となります。

 

▼補足:真如とは?▼補足:如来と仏

職員プロフィール

前住職平興隆

第30世 前住職

平 興隆 (たいら こうりゅう)

ぶっこう幼稚園 理事長
こうせい保育園 理事長

昭和24年(1949年)生
大阪府立池田高校 卒
龍谷大学大学院文学部仏教学科真宗学 卒
龍谷大学大学院文学研究科 修士課程 修了
龍谷大学大学院文学研究科 博士課程 中退
大阪府立池田高校非常勤講師
大阪府立箕面東高校教諭
国立療養所刀根山病院(現 国立病院機構刀根山病院)附属看護学校 非常勤講師
国立療養所刀根山病院倫理委員 歴任
住職 第31世 住職

岡田 肇誓 (おかだ じょうせい)

ぶっこう幼稚園 事務長

昭和53年(1978年)生
追手門学院追手前高校 卒
追手門学院大学文学部東洋文化学科 卒
関西大学大学院文学研究科史学専攻 博士課程前期 修了
関西大学大学院文学研究科史学専攻 博士課程後期 単位取得退学

資格:博物館学芸員

法務員池本

法務員

池本 僚照 (いけもと りょうしょう)

昭和60年(1985年)生
大谷高校 卒
大谷大学文学部真宗学科 卒
中央仏教学院 卒
浄土真宗本願寺派勤式指導所 卒

資格:特別法務員

平成28年(2016年)如来寺 奉職
如来寺川西別院担当
衆徒伊藤

衆徒

伊藤 啓佑 (いとう けいゆう)

昭和17年(1942年)生
豊中市立第六中学校 卒
本願寺中央仏教学院 卒
株式会社高尾鉄工所 勤務

資格:特別ボイラー溶接士

両親の往生に接し仏縁を結び、得度を受け手次寺の如来寺に奉職
衆徒高田

衆徒

高田 興洋 (たかだ こうよう)

ぶっこう幼稚園 事務

昭和42年(1967年)生
大阪市立高校 卒
龍谷大学文学部哲学科 卒

資格:浄土真宗本願寺派教師

平成26年(2014年)学校法人仏光学園 入職
前坊守

前坊守

平 英子 (たいら ひでこ)

ぶっこう幼稚園 園長

昭和28年(1953年)生
大阪府立春日丘高校 卒
京都女子大学家政学部食物学科 卒
仏教大学通信教育保育科 卒

資格:幼稚園教諭二種免許
中学校一種免許(家庭科)
高等学校一種免許(家庭科)
栄養士

大阪府立三島高校非常勤講師
相愛高校非常勤講師 歴任
坊守

坊守

岡田 顕子 (おかだ あきこ)

ぶっこう幼稚園 副園長

昭和53年(1978年)生
大阪府立箕面高校 卒
京都女子大学文学部史学科 卒
関西大学大学院文学研究科史学専攻 博士課程前期 修了

資格:中学校一種免許(社会)
高等学校一種免許(地理・歴史)
保育士免許
博物館学芸員

如来寺の歴史

812年(平安時代/弘仁3年) 弘法大師空海により創建される。[伝]
1249年~1256年頃(鎌倉時代/建長年間) 今の蛍池である麻田の地に参られた親鸞聖人の御教化により、如来寺に付属する七ヶ寺と共に浄土真宗に帰依する。この時、寺号を仏光山如来寺とする。[伝]
1492年~1501年頃(戦国時代/明応年間) 蓮如上人の弟子の教円が入寺し、以後、師を如来寺中興の祖とする。師は源氏の系統であり、渡邉氏の末裔。[伝]
1578年~1579年(安土桃山時代/天正6年~7年) 織田信長が有岡城(もしくは伊丹城)に立て籠もる荒木村重を攻める際、刀根山城を築く。この時は石山合戦の期間であり、如来寺は本願寺へ兵糧を納めたことから、織田信長の軍により焼き払われた。そのため麻田から現在の箕輪へと寺基を移す。
1930年頃(昭和初期)
如来寺託児所

如来寺託児所

第28世住職の時代、当時の坊守フジエ(第29世の母)は周辺農家の子供たちを預かる託児所を運営し、これが後に仏光幼稚園の設立へとつながる原点となります。
写真で後列中央にエプロン姿で立つのが平フジエ。
1952年(昭和27年)
第29世 平興誓

第29世 平興誓

仏光幼稚園が、第29世住職 平興誓によって境内地に創立される。
箕輪橋に「佛光幼稚園」看板とヤギ

箕輪橋に「佛光幼稚園」看板とヤギ

1971年(昭和46年)
親鸞聖人立像

親鸞聖人立像

現在の親鸞聖人立像と鐘楼が、如来寺仏教婦人会のご協力によって建立。
1978年(昭和53年)
中庭は白州でした

中庭は白州でした

現在の本堂が落慶・第一納骨堂完成。
1994年(平成6年)
先代継職法要

先代継職法要

第29世住職の興誓から、第30世住職として先代の平興隆が継職。
1997年(平成9年)
2002年頃の総会

2002年頃の総会

如来寺門信徒会を結成・如来寺川西別院の落慶。
2003年(平成15年)
墓園改葬法要

墓園改葬法要

如来寺平成の大改修の初めとして、墓園整備の完了。
2006年(平成18年)
新築の山門

新築の山門

如来寺平成の大改修が完了し、墓園・山門・鐘楼・白洲などが整備される。
2007年(平成19年)
先代継職法要

平成の大改修記念法要

如来寺平成の大改修記念法要を勤修。
ご講師は藤波源信大阿闍梨(写真の先頭中央)。
2008年(平成20年) 仏教講座開始。
2011年(平成23年)
2013年の万灯会

2013年の万灯会

花祭りと万灯会の開催が始まる。
2013年(平成25年) 川西別院の新築完成。
2015年(平成27年) こうせい保育園が、第30世住職 平興隆によって設立・第二納骨堂完成。
2016年(平成28年)
継職法要

継職法要

第30世住職の興隆から、第31世住職として現在の岡田肇誓が継職。
2017年(平成29年) 第三納骨堂完成。
2018年(平成30年) 仏光山如来寺ウェブサイト新設公開。

▲補足 本堂内の尊像・尊影の配置

浄土真宗の寺院においては、「御本尊を安置する堂」を本堂といいます。
正面中央の宮殿(くうでん)に御本尊の阿弥陀如来立像、その後方、向かって右(御本尊より見て左)の左脇壇に親鸞聖人御影、右脇壇に蓮如上人御影が安置されています。
この大きな間は内陣と呼ばれ、通常は僧侶しか入ることが許されません。
さらに、その両脇の間は余間と呼ばれ、向かって右(御本尊より見て左)の左余間には聖徳太子像、右余間には七高僧像と如来寺歴代住職などが安置されています。

 

本尊の阿弥陀如来とは、念仏「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」の阿弥陀さまです。
親鸞聖人は私たち浄土真宗の宗祖、蓮如上人は浄土真宗中興の祖。
聖徳太子(574年〜622年)は、飛鳥時代に日本の国家体制を確立し仏教を広めた皇族の政治家です。以前一万円札のお顔でしたから、ご存知の方も多いと思います。
七高僧とは、その親鸞聖人が浄土真宗の祖師と定めたインド・中国・日本の高僧7人です。

▲補足 阿弥陀仏にそなわる光明の徳

『仏説無量寿経』では、阿弥陀仏にそなわる光明の徳を次の12種にわけて称賛しています。
「無量光(量ることのできない光)」「無辺光(際限のない光)」「無碍光(何ものにもさえぎられることのない光)」「無対光(くらべるもののない光)」「炎王光(最高の輝きをもつ光)」「清浄光(衆生のむさぼりを除くきよらかな光)」「歓喜光(衆生のいかりを除きよろこびを与える光)」「智慧光(衆生のまどいを除き智慧を与える光)」「不断光(常に照らす光)」「難思光(思いはかることができない光)」「無称光(説き尽くすことができず、言葉も及ばない光)」「超日月光(日月に超えすぐれた光)」。

▲補足 真如とは?

かくあること。衆生の虚妄分別を超えた存在のありのままの姿。形相を超えた絶対究極のありかた。すべての存在の本性が、あらゆる差別的な相を超えて絶対の一であること。

▲補足 如来と仏

如来と仏はまったく同じ意味なのに、なぜわざわざ違う呼び名があるのでしょう?
それは、仏教の開祖であるお釈迦さまが、様々な尊称(釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来、釈迦牟尼世尊など)で呼ばれていたことから、その尊称が次に様々な仏さまへと引きつがれていったからです。
そのため阿弥陀如来は、阿弥陀仏でも、阿弥陀さまでも、あるいは親しみをこめて阿弥陀さんでも、ご自身の尊ぶお心をもって自由にお呼びください。